うつ?適応障害?
2003年にうつ病と診断され、その後適応障害と診断されました。このどうやって直したらよいかわからない病気との悪戦苦闘の状況報告を中心にした日記です。
8.26(上司&人事)-8.27(神経科)
8.26(金曜日)
今週ずっと会社にいけなかったが、この日は朝(遅刻したけど)から会社にいった。夏休み明けてほとんど会社にいけてないこともあり、いきなり、上司に喫茶室へよばれた。世間話などした上で、本日上司と人事が打ちあわせをおこなうことをしった。そこで、自分は現在飲んでる薬、飲まない薬、催眠カウンセラーを受けたけど効果なかったこと、主治医は休んだほうがいいといっているが、自分としてはもうちょっとがんばれる気模して判断がつかないことを伝えた。
 その後普通に業務を処理し、というか教わり、資料調査を行った。
 夕方、上司が戻ってきて人事とと話した結果を伝えてくださったが。3度目の休職だからというペナルティはないので早く直したほうがいいとのことだった。これで、あとは主治医の判断任せになる。

8.27(土曜日)
 神経科にいった。先週もらったりタリン怖くて飲めなかったことを正直につたえたら「あらら」でゆるしてくれた。ただ、会社の状況を説明したら、「早く休んだほうがいいわよ、1ヶ月書く、思い切って3ヶ月」ときかれて、「いや実は休職手当ての申請が前月15日までの診断書に対して翌月1日から給付されるってのがあり、このまま9月休職すると貧しい」というのがあり、9月前半がんばれるか試そうということになった。診断書は今度ダウンした時点で頂に行きます。

テーマ:鬱病 - ジャンル:心と身体

このストレスは(8/21)
めずらしく9時過ぎに起きたので、パンをかじった後、
図書館から借りてきた下記の本を読んでみた。

うつと不安の認知療法練習帳
うつと不安の認知療法練習帳


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うつと不安の認知療法練習帳


以前読んだ、
こころが晴れるノート―うつと不安の認知療法自習帳
こころが晴れるノート―うつと不安の認知療法自習帳
よりは、作業がやりやす、自分は前者向けだと思った。

練習帳のワークシートに4時間取り組んで、疲れたので音楽を聴くことにした。先週から疲れているので、ここはクラシック。

クラシックを聞きながら、「音量上げたらスカッとするか」と思い、音量をあげたら、大間違い。これぞ典型的なストレスと言う感じで手が震えだした。頭は考えられず、体が動かない。

「この症状はうつで身体がだるい時の症状に似ている」

つまり、静かな落ち着いた環境にいる人でも、本人がうつ状態であればそこは、工事現場も同じこと。そのうつ状態はついてくる。

おかげでここしばらくない堕ちかたをし、夜中になんとか最悪状態から持ち返した。

この手のうつの人は多分クスリが効かない。睡眠薬を飲んで寝ている間だけが至福の時なはず。

ただ、目を覚ました時のそのストレスは工事現場の音ではないはず。それは魂が絶叫して何かを訴えている声。その声を無意識に打ち消すためにあなたのエネルギーは消耗され、起きられない身体になっている。

あなたの魂の叫びは、いろいろな教育の壁に隔たれて直接心にひびくことは難しい。

だけど、叫んでいるのもあなた、聞くのもあなた、理解するのはあなたにしかできないことなのだ。

魂のヒントはキット転がっている。見るとぞっとするもの、ムカッとするもの、みたくもないもの、押入れの奥にしまって忘れ去ってたもの。

その時感じた、ぞっとした理由、ムカッとする理由、見たくない理由それらをたどっていけば、魂の呼びかけにちかづくはず。

その結果を恐れず、魂の叫びに近づこう。そこを、超えずして先はない

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治るためには
うつ(適応障害)を治すために、自分で考えておこなっていること。

・神経科に通って薬をもらって飲む。
・毎晩風呂上りに冷水シャワーで自律神経を整える。
・風呂上りに眠剤飲んで、30分ヨガをやる。
・体力をつけるために漢方の病院にいき、薬をもらって飲む。
・週末はヒーラーに話を聞いてもらって癒される。

これだけやって、7月こそは会社も皆勤賞だと思っていたが、今日休んでしまった。かなり疲れがたまっていたようだ。

これからは、上手に疲れを受け流す方法を考えて実践する。更に、疲れてくるとみぞおちの辺りと胃の上部がいたくなるので、これも起きないように色んなお医者さんや本で調べて解決していく。

 まだ、直らないのは病気ではない、直ってないのはそれは自分なのだ。病気がなおったら、元の自分を超えたところにいないと意味はない。どこが悪いのか、もう一度心の中を見直してみよう。

 自分はまだ、人に依存してしまう弱さが残っているようです。
本能
義務として食事をする
それは本能が食事をすることを忘れたから

義務として睡眠をとる
それは本能が睡眠をとることを忘れるから

義務として会社ではたらく
それは本能が働くことを迷っているから

すべての本能を抑えた本能は
闇に突き破られ闇に押し込まれた

もう、あの頃の自分が帰ってくることはない。
あの時の楽しさ、いきがい、人生を軽く見る目、全てはここにはない

押し込まれた本能が息を絶えるか、暴れだした本能が本体を蝕みつくすか
価値のない答えをするゲームでしかないんだ。

 あの拒絶に全ては始まり、この抱擁に愛は終わる。

 残った肉体には海にでも捨てろ。
等価交換の法則
一時期、<等価交換の法則>をテーマにしたアニメがはやっており、自分もはまってみてました。

その時に考えたのは
「自分はこの病気と何を等価交換したのだろうか」
ということです。
(等価交換の法則自体が成立するかどうかは、また別の問題ということで・・・)

うつ病などの記事を見ると社会的損失が大きいことも取りざたされてますが、自分たちの生活においても「楽しく過ごせたはずの時間」の損失は大きいと思うのです。

この損失は何と交換されたのか?

「これまでがんばってきたのだから、その分休むんだよ」

昔はこれで納得していましたが、じゃあ、同じように他にもがんばり続けていてうつ病にならないのは何故?

だから、こう思うようにしています。

「この病気になることで学ぶべきことがあったんだ」

いくつか学びに気づくことができました。大切な出会いもありました。
等価交換と言えるかどうかわからないけど、どれも大切なことです。

だから、なかなか良くならない時には思います。
「まだ気づくべき何かがあるんだ」

後は、具合が良くなるにつれ、せっかく学んだことを忘れて
元の自分にならないように気をつけて生きたいと思います。
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